半年前の冬の日、記録的な寒さを観測したのは僕がカフェでコーヒーを飲みドンキーコングをプレイした後だったという

その日私は仕事を早々に終えて疲れた体にカフェインを注入するために行きつけのJoyce Cafeへ向かった。屋外で目立たない建物の隙間で営業している優しいマスターのいるお店。平日は22時に閉店。仕事終わりの際どい時間。店を脇目に仕事を終えて車で通りがかると、マスターが目深に被ったハンチングから渋い顔を覗かせる。雨よけや椅子を片付けているところだ。機会を逃すのはいつものことだ。飲みたいときに限って雨降りや部長の説教がつらつらと始まるんだ。しかし今日は何の邪魔もなく、仕事も早々に会社を後にした。心ばかしか信号も青が目立ち、固定された954kHzから流れるチャラチャラした流行歌も子気味良く聴こえてくるほど気分は高まっていた。ガス会社と不動産屋に挟まれたその場所には、いつもの暖かい色の白熱球のランプと木製看板が見えた。車を停める。何やら騒がしくいつもの様子ではない。チャラチャラしたざわつきがある。ラジオから流れた流行歌のようだった。店の奥が見えたときに、何があったのかと思った。スーパーファミコンとプロジェクター、そして蛇口のある隅では美容師が散髪中。理解しがたい状況に唖然とする私は差し詰めいいネタが浮かばないチャドマレーンといったところか。とりあえず緩めたネクタイで手持ち無沙汰を解消しマスターにオーダーをした。いつものブレンド。どういったイベントかと聞けば、野外散髪後にリフレッシュした感覚で映画を見るという企画だったらしい。斬新すぎる。しかも映画はあのいのちの食べかただと言うじゃありませんか。コーヒーも飲んで映画も見れるなんて今日はいい日だと思った。ホッと一息。先ほどからシャキシャキとリズムをたてている美容師に目をやると、雰囲気イケメンの風体で、尚且つ顔もイケメンというオールイケメン。美容師に列をなすかわいい女の子。この子たちがいのちの食べかたを見てドン引きするかと思うと、先が思いやられた。そして、さっきから気になっているスーパーファミコンは何なのかと聞くと、どうやら時間潰しのためだけに持ってきたらしい。本体からはドンキーコングがウホッ、と顔を覗かせている。気がつくと持ち主から電源スイッチが押されドンキーコングが始まっていた。映画を企画した人たちと一緒にドンキーコングをすることに。僕はとりあえず見物した。1機1機とゴリラが亡くなっていく。コーヒーも2杯目に差し掛かったところで僕にコントローラーが回ってきた。小学生の頃、友人と夜なべして攻略したドンキーコング。体が覚えているはず。残機も少ない状態で1ステージ途中から始まり、ボスまでほぼ無傷で辿り着く。ボスも難なくクリア。ステージ2が始まった。水中のステージで苦戦するも終盤まで夢中になってゴリラを動かした。しかし、惜しくも溶岩のステージでマグマに溶けてゆくゴリラたち。気付くと腿にあったコーヒーの温もりがなくなっていた。ゲームに夢中になっていたのか人が増えているのさえ気付かなかった。残機を増やし、コントローラーを他の人へチェンジしようとしたのだけど、なにやら突き刺さる冷たい視線。髪を切り終えて気分爽快な筈の女の子たちからの鋭利な視線。上映準備をしている人たちの顔は笑っていても目は死んでいる、そう、片桐はいりみたいな視線。ハッと我に返る。僕は会場にあふれる空気という空気を読まずにチャドマレーンみたいな顔でゲームに夢中になっていたみたいだ。その原色づかいのカラフルなコントローラーに付着した汗を拭い、あたかも嫌々しい物かのように不躾に他の人へ渡すと、すぐさま用事を思い出した風な顔をして、あたかも時間がない的な、仕事が入っちゃった的な、ことを言いその場から立ち去った。冬の寒い日、車内の冷めたコーヒーに残るごく僅かのクレマが心なしかぷつぷつと音をたて、僕の寂しさを孤独へと追いやるのでした。








後日、Joyce cafeに行ったところ、僕の気持ち悪い晒しプレイを見ていた方が声をかけて下さって、案の定きもいと言われましたが無事友達になりました。いやーゲームやっててよかった。